量子力学⑨ ブラケット(ディラックの記法)・エルミート演算子 このエントリーをはてなブックマークに追加

ブラケット記法(ディラックの記法)の基本

抽象的な概念であるブラケット記法についてまとめてみます。

ブラケットとは?

ブラケットの表記は正確には行列とは別のものとして扱うべきとも書いてあったりしますが、行列として考えると考えが楽になります。ので、行列として紹介します。

ケットベクトルとは?

ここがかなり抽象的です。だいぶ無理矢理な話ですが、状態というのを \begin{align*} \ket{\psi} \end{align*} で表すことにしてこれをケットベクトルと呼ぶことにします。これが状態の正体です。そして、これは縦ベクトルに対応します。

ブラベクトルとは?

ブラベクトルというものを定義します。ケットベクトル$\ket{\psi}$を用いて、ブラベクトル$\bra{\psi}$を \begin{align*} \bra{\psi}=\left(\ket{\psi}\right)^\dagger \end{align*} と定めます。この右上につけた$\dagger$は随伴行列を表す記号であり、縦ベクトルであるケットベクトルの随伴行列(各成分の複素共役を取って転置した行列)となるので、横ベクトルとなります。

複素内積をベクトルで表す

複素内積をたとえば、1次元では \begin{align*} \int_{-\infty}^\infty \psi^*\phi dx \end{align*} というように取ります。つまり全範囲で積分するということです。実はこれは \begin{align*} \braket{\psi|\phi} \end{align*} と表せます。いま、ブラとケットの間の縦線は二本重なってしまうので、このように一本だけにしておくのが慣例です。とりあえず、ブラケット記法によって内積がすごく簡潔に表されるということがわかりました。

また、辺々の複素共役を取れば、 \begin{align*} \int_{-\infty}^\infty \phi^* \psi^* dx=\braket{\phi|\psi} \end{align*}

状態の規格化をしておく

波動力学でもあったように、 \begin{align*} \braket{\psi|\psi}=\int_{全範囲} \psi^*\psi dx=\int_{全範囲}|\psi|^2dx \end{align*} というこの式は1になるのが都合が良いです。というわけで、 \begin{align*} \braket{\psi|\psi}=1 \end{align*} を規格化の条件として定めておきます。

随伴の取り方

ここまで示したようにブラケットベクトルでは線形代数的に行列を扱っていきます。つまり、非可換な計算をすることになります。そこで、行列についての公式を借用することにします。一般に行列の積について、その随伴をとると、 \begin{align*} \left(AB\right)^\dagger=B^\dagger A^\dagger \end{align*} となります。つまり順序が逆になるということです。

演算子の作用

ブラケットベクトルに対する演算子の作用を考えます。可観測量に対応する演算子$\hat{O}$を考えます。この演算子はケットベクトルには左から作用することにします。つまり、 \begin{align*} \bra{\phi}\hat{O}\ket{\psi}=\braket{\phi|\hat{O}\psi} \end{align*} というような形です。ただブラベクトルに対しては右から作用することにして、 \begin{align*} \bra{\phi}\hat{O}^\dagger \ket{\psi}=\braket{\hat{O}\phi|\psi} \end{align*} というようにします。というのは、上の随伴に関係します。もしブラ・ケットを行列とみるなら演算子も行列になります。だから、単純な複素共役ではなく随伴であらわします。 \begin{align*} \bra{\hat{O}\psi} &=\ket{\hat{O}\psi}^\dagger \\ &=(\hat{O}\ket{\psi})^\dagger \\ &=\ket{\psi}^\dagger \hat{O}^\dagger \\ &=\bra{\psi} \hat{O}^\dagger \end{align*}

期待値の計算

期待値は一般に$\braket{}$で挟んで表します。可観測量$\hat{O}$の期待値は右から波動関数、左から波動関数の複素共役をかけて全範囲積分することで求められました。 \begin{align*} \braket{O} &=\int_{\text{全範囲}}\psi^*\hat{O}\psi dx=\bra{\psi}\hat{O}\ket{\psi} \end{align*} と表されます。

エルミート演算子の定義

演算子について、演算子について一般に積の交換はできませんが量子力学で扱う範疇の演算子であれば加法については交換法則と結合法則がなりたちます。つまり、演算子$X,Y,Z$について \begin{align*} X+Y&=Y+X\\ (X+Y)+Z&=X+(Y+Z) \end{align*} が成り立ちます。行列に関しても同じような式が成り立ちます。 ここでもう一度期待値を表す式について考え直してみます。 \begin{align*} \braket{O}=\braket{\psi|\hat{O}|\psi} \end{align*} この右辺を以下のように分けて考えます。 \begin{align*} \braket{\psi|\hat{O}|\psi}=\bra{\psi}\left(\hat{O}\ket{\psi}\right) \end{align*} この式の辺々の共役をとれば、ベクトルや演算子に対しては随伴をとればよく、順序が入れ替わって、 \begin{align*} \braket{\psi|\hat{O}|\psi}^* &=\left(\hat{O}\ket{\psi}\right)^\dagger \left(\bra{\psi}\right)^\dagger\\ &=\left(\hat{O}\ket{\psi}\right)^\dagger \ket{\psi}\\ &=\left(\ket{\psi}\right)^\dagger \hat{O}^\dagger \ket{\psi}\\ &=\bra{\psi}\hat{O}^\dagger \ket{\psi} \end{align*} ところで、可観測物理量は実数である必要があるのでその期待値も実数で、 \begin{align*} \braket{\psi|\hat{O}|\psi}^*=\braket{\psi|\hat{O}|\psi} \end{align*} であってほしいわけですが、先ほどの式を使えば \begin{align*} \braket{\psi|\hat{O}|\psi}=\braket{\psi|\hat{O}^\dagger|\psi} \end{align*} と書きなおせます。この式が成り立つ演算子をエルミート演算子といいます。

正規直交完全系とは

まず完全系というのはなにかというと空間の任意の点を表すのに十分な基底の集まりです。たとえば、3次元のユークリッド空間$\mathbb{R}^3$では \begin{align*} \boldsymbol{e_x}= \begin{pmatrix} 1\\ 0\\ 0 \end{pmatrix}, \boldsymbol{e_y}= \begin{pmatrix} 0\\ 1\\ 0 \end{pmatrix} ,\boldsymbol{e_z}= \begin{pmatrix} 0\\ 0\\ 1 \end{pmatrix} \end{align*} というこの3つのベクトルがあればあとは任意のベクトルがこの定数倍とその和(線形結合)で表されるでしょう。もっと一般化して、空間の基底を$\ket{\psi_n}(n=1,2,3,\cdots)$と表すことにします。そして、これらの線形結合で任意のベクトルが表されることとします。これを完全系といいます。

ここで、先ほど説明した規格化に倣って同じものの内積は1、さらに異なる基底どうしの内積は0になると考えます。つまり、 \begin{align*} \braket{\psi_i|\psi_j}=\delta_{ij} \end{align*} だとします。これらを正規直交系といいます。つまり、ここまでで$\ket{\psi_n}$が正規直交完全系をなすということを要請しました。


ここで、ある状態ベクトル$\ket{\phi}$が \begin{align*} \ket{\psi}=\sum_{n} c_n\ket{\psi_n} \end{align*} と展開できるとします。この展開係数はどう決定しましょうか?再び3次元ユークリッド空間$\mathbb{R}^3$からヒントをもらいます。$\mathbb{R}^3$のベクトル$\boldsymbol{r}$は、内積を用いて \begin{align*} \boldsymbol{r}&=(\boldsymbol{r\cdot e_x})\boldsymbol{e_x}+(\boldsymbol{r\cdot e_y})\boldsymbol{e_y}+(\boldsymbol{r\cdot e_z})\boldsymbol{e_z}\\ &=\sum_{k=x,y,z} (\boldsymbol{r\cdot e_k})\boldsymbol{e_k} \end{align*} というように展開できるはずです。これに倣えば、 \begin{align*} \ket{\phi}=\sum_{n} \braket{\psi_n|\phi}\ket{\psi_n} \end{align*} とできそうです。つまり、展開係数について$c_n=\braket{\psi_n|\phi}$となります。ところでこの展開の式を少し変形します。内積というのはスカラーなので$\braket{\psi_n|\phi}$はスカラーです。スカラーというのはベクトルの前にあっても後ろにあっても関係ないでしょう。つまり、 \begin{align*} \braket{\psi_n|\phi}\ket{\psi_n}=\ket{\psi_n}\braket{\psi_n|\phi} \end{align*} とできそうです。よって、展開の式は \begin{align*} \ket{\phi} &=\sum_{n}\ket{\psi_n}\braket{\psi_n|\phi}\\ &=\left(\sum_{n}\ket{\psi_n}\bra{\psi_n}\right)\ket{\phi} \end{align*} となりますが...この最右辺を見てみると、 \begin{align*} \sum_{n} \ket{\psi_n}\bra{\psi_n}=\hat{1} \end{align*} という関係が見えてきます。この右辺の$\hat{1}$というのは単位行列です。スカラーではないです。その意味でハットをつけています。あくまで演算子ですから。 また、位置のように連続量に関しては和の記号を積分にすることができて、 \begin{align*} \int_{全範囲} \ket{x}\bra{x}dx=\hat{1} \end{align*} となります。このような単位行列$\hat{1}$を演算子だということを強調して恒等演算子といいます。この恒等演算子は一般にどこにでも入れ込むことができます。

波動関数とのつながり

ここで用いる式は連続量に対する恒等演算子の式 \begin{align*} \int_{全範囲}\ket{x}\bra{x}dx=\hat{1} \end{align*} と、複素内積の式 \begin{align*} \braket{\psi|\phi}=\int_{全範囲}\psi^*\phi dx \end{align*} です。何をするかというと内積の式で$\psi=\phi$とした式のの真ん中に恒等演算子を入れ込みます。 \begin{align*} \braket{\psi|\psi}&=\bra{\psi}\left(\int_{全範囲} \ket{x}\bra{x}dx\right)\ket{\psi}\\ &=\int_{全範囲}\braket{\psi|x}\braket{x|\psi}dx\\ &=\int_{全範囲}\left(\braket{x|\psi}\right)^*\braket{x|\psi}dx\\ &=\int_{全範囲}|\braket{x|\psi}|^2dx \end{align*} つまり、波動関数$\psi(x)$は状態$\ket{\psi}$に対して、 \begin{align*} \braket{x|\psi}=\psi(x) \end{align*} となります。

波動関数と内積のイメージ

これは割とイメージしやすいように感じます。内積で左からかけるブラベクトルはケットベクトルとの共通する要素を引き抜くというようなイメージがあります。そこで、状態の中から位置$x$にあるという状態を引き抜いていると考えれば、それが波動関数になるというのもイメージできると思います。

というわけで、こっちの話から内積を決めることもできるでしょう。





このエントリーをはてなブックマークに追加